人生

共同体

2016/10/16

人々の繋がりを作り、居場所を提供していた、村、家族、企業、宗教という古い時代の共同体は、既に崩壊、又は、機能的集団へと変貌しました。では、新しい時代にふさわしい共同体というものは、果たして出現するのでしょうか。私は、否定的な考えを持っています。物質的価値観に基づいて作られた社会では、個と個は分断され続けるからです。

それでも、人々はどこかで共同体的なものを求めています。人と人の繋がりがなければ、人は生きていけないのを知っているからです。 でも、人との繋がりを求めながらも、一方で、人との接触は、わずらわしさを感じるのも事実です。

日本では戦前は村という共同体がありました。
戦後は会社が共同体となりました。
そして、現在、会社は共同体ではなく、単なる機能集団となってしまいました。

買い物1つもネットで注文できる時代になりました。
イヤホンをつけ、スマホの画面を見続けることで、仮想空間での繋がりはできたとしても、現実世界の中での人と人との繋がりは希薄となりました。
煩わしさはなくなりましたが、孤独になりました。

家族の絆が最低限の歯止めですが、強い絆に結ばれた家族はまれであるように思います。
もし、共同体が復活するとするならば、これから求められる共同体とは何でしょうか。
村共同体、会社共同体への回帰は幻想であると考えます。
なぜなら、それらの実体は奴隷でしかないからです。

個人的願望を述べれば、農本主義的産土共同体というものが理想です。 人だけではない、土や植物や自然と共にある共同体。地縁共同体とは、ちょっとニュアンスは違うけれども、人工のものを極力排除して、自然の力を引き出すことで、成り立つ共同体をイメージしています。しかし、今それを実現する環境はありませんし、このままの延長で世界が続くのならば、これからもその理想は日の目をみることはないでしょう。

今できるとすれば、様々なマイナス因子を克服した家庭共同体、そして、志を共有した経済的共同体でしょうか。でも、それも難しいかもしれません。

個と個が分断され、人間が物扱いされ、奴隷になって、行き着く所まで行かないと、新しいものがはじまらないような気がします。悲しいことですが。

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