人生

レッテル

2016/10/16

レッテル貼りは安心をもたらします。

考えることを放棄している人にとって、現実を受け入れるということは、認知的不協和(信念が覆されることによって生じる不快感)を引き起こすことになります。故に、彼らは他人にレッテルを貼って、自分の精神の安定を保とうとするのです。

レッテルを貼るということは、固定化するということです。
全ての事象は、変化流転し、移り行きます。
流れが滞ると腐敗が始まるのです。
他人にレッテルを貼りながら、自分の頭と精神も凝り固まり、腐敗し始めます。
本来人間は、経験を積み重ね、成熟していくものです。
熟して発酵し、いい香りをかもしだすのです。
凝り固まった人間は、腐敗し悪臭を放つようになるのです。

とかく、右翼だ、左翼だとレッテルを貼りたがります。
しかし本当に、言葉の意味や背景を理解しているでしょうか。

右翼のアイデンティティは、伝統文化を守り、民族社会を護持し、国家企業と重要国土を保守することにあります。しかし、保守の名のもとに、伝統破壊、民族無視のグローバリズム=経済的植民地主義的政策を推し進めているのが現状ではないかと、疑問に思います。
日本語能力はますます劣化しているのに、日本語教育を重視するよりも、英語を重んじ、小学校では英語が義務化されようとしています。上場企業の株主は外資となり、会議も英語でなされる企業も現れています。TPPにより、日本の資産は奪われ、農業は破壊されるのでしょうか。
もしそうだとしたら、今の保守を名乗る人たちは、愛国ではなく亡国であり、右翼ではなく、売国奴であると言えます。

世界のスタンダードになっている、侵略と略奪と虐殺による力の支配や、食人の文化は、日本人には受け入れがたいものがあります。また、戦後の政策として、多民族による統治という罠が、誰にも気づかれないように仕掛けられてきたこともバレバレです。在日特権は不要です。しかし、嫌韓だ、嫌中だと民族差別をあおることも不要です。テロも含めて、攻撃対象となりやすい原発を、安全保障上も撤廃すべきだと私は考えていますが、原発反対を唱える保守は皆無です。原発を核兵器を作るために稼働しておかなければならないと考えているのでしょうか。それとも、原発利権にあやかりたいのでしょうか。もしかして、宗主国から脅されているから、やめられないのでしょうか。日米原子力協定があるからやめられないというならば、いつ日本は独立国家になるのでしょうか。

レッテル貼りは頭の劣化につながります。常に変化する事象を正確に認識することは、高度な知的作業です。愚民化政策により、考えることが出来なくなった頭に、劣悪なキャッチコピーのみが刷り込まれ、実体のない仮想世界に生きてるように誘導されている人々は、レッテルを貼るということで、心の安定を維持しているようです。

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